「俺たちの一族は、必ず成人が近くなると親元を離れる。俺の父も、祖父も、そのまた前の人たちも同じだ。俺には姉が居たが、同じようにして18歳で別れたんだ。ヘカテイレスも、近いうちに俺たちから離れるんだぞ。」
――― 親元を離れる?どうして?みんなで一緒に居ればいいのに!「俺も同じ事を父に聞いた。家族なんだから、ずっと一緒に居ればいいってな。そうしたら・・・・。」
――― そうしたら?「“子どもはいつか、一人で飛び立たないといけない。鳥や獣と同じように、人もまた、親から離れて生きていくのだと。それが自然な形だ。”と言われた。」
――― 俺たちは旅をしてるんだ。離れたら2度と会えなくなるじゃないか・・・。今までだって、色んな奴と会っては別れてきたのに!「よく聞け、ヘカテイレス。一生を旅で生きる俺たちだからこそ、家族の別れは重要なんだ。」
――― 全然分かんない!俺は、やだね!!しきたりとか伝統とかはどうでもいいんだよ!「俺も、同じように考えていたさ。俺の父は寡黙でな。多くは語ってくれなかった。“離れてみれば分かる”とだけ言われたな。俺も最初は従う気がなかった。
が、姉が別れて行く時に言っていたんだ。“家族と一緒にいるだけじゃ、分からないことも出来ないことも一杯ある。だから、そういう事を知りたい。”好奇心旺盛で真面目だった姉らしい言葉さ。だが、俺にも不思議と響いてきた。
家族にべったりだった俺より、お前の方が分かる事かもしれんな。
実際に俺がその言葉の意味を理解できたのは、一人で旅立った後だった。
今にすれば分かる。人として、大きく成長する為に、独り立ちするんだ。子の成長を願えばこそ、親も旅立たせることが出来る。家族を持って、ようやく分かったよ。」
――― 俺も、“独り立ち”したら父さんみたいになれる?「俺になるんじゃない。お前らしい、大人に、なれるんだ。」
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その時の俺には、やはり理解することは出来なかった。ただただ、父が歩んだ道を見てみたくて、俺は父よりも早く独り立ちした。
話を聞いてから、そんなに時間は経っていなかったと思う。俺は旅立ち、様々な経験をして今に至る。その一つ一つから、沢山のものを学び、世の中を知り、俺は大人になったのだろう。
家族から離れ、一人で歩むからこそ見えるものを、俺は確実に見てきた。それは父とは違うものだろう。だが、俺を支えているのは間違いない。
俺も家族を持った。未婚ではあるが、親の気持ちは持っている。俺の想いは、恐らく父や、先祖たちと同じものだろう。
だからこそ―――――――――――
体を揺さぶられる感覚で、現実に引き戻される。目の前には心配そうな義娘の顔。
温かい陽気と、夜も遅い仕事の影響で眠ってしまっていたようだ。
近いうちに、暇をもらった方がいいかもしれない。
目の前にある義娘の頭を撫でながら立ち上がり、軽くストレッチする。“大丈夫だ”という事を見せてみる。
花が咲くような笑顔を向け、義娘はやりかけの洗濯干しに取り掛かる。
それを眺めつつ、鮮明に思い出した記憶に思いを馳せる。
あれを思い出したのは、きっと先程、義娘話したことが原因だろう。
義娘に返した言葉の内容と、自分の血族が脈々と続けてきた風習を思う。
あの子にとって、一番良いことはなにか。
自分の中にはっきり存在する答えをかみ締めながら、いずれ手元を離れていく宝物との時間を大切にする為に、物干しに向けて一歩を踏み出した。
~Fin~
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